サービス開始当初は、いただける多くのコメントは、
「そんなことあるか(笑」「しかしよく思いつくな」といったように、皆さん「冗談」だと知って楽しんでおられました。
ところがTwitterが流行りだしてから批判的なコメントをいただくことが増えてきて、
私は、いろいろな意味で「冗談の通じない」人たちが増えてきたのだな、と思いました。
「冗談の通じない」人たちは、「冗談が通じない」ゆえに、「冗談が許されない」世界を作ろうとするのです。
言うまでもありませんが、私が書いてきた記事は全てでたらめです。
なぜ私が何年もの間、何の意味もない嘘偽りを書き続けてきたかというと、厄介な正義感のせいかもしれません。
このように「冗談が通じなく」なるほど心忙しい人々に、ほんの少しでもやわらかなユーモアをお届けできないか、と・・・。
ところが、現実は甘くありませんでした。
私が「冗談を続けれ」ば続けるほど、人々の心から「冗談が消え」ていきました。
私なりの不器用な正義感で届けようとした「冗談の数々」が、却って世界から「冗談を奪っ」てしまう・・・。
いつしか私は、私の望まぬうちに、「冗談の仇敵」たる存在へとなっていたようです。
その事実に耐えられなくなりました。
再び『虚構新聞』の記事を書く意欲が湧くまでは更新を休止し、しばらくはこのブログで細々と活動しようと思います。
お騒がせして申し訳ありませんでした。
失敗した時にすべきことは、「あの失敗があったから今の自分がある」などと、前向きにとらえることではありません。「あの失敗が、これだけ自分を衰弱させてしまった。もう二度とあんな目に遭わないためには、どうすればいいか?」ということを考え、その方法を学ぶべきなのです。
例えば、自分にとってどうしても苦手な人がいて、嫌な目に遭った時。「嫌な人だったが、あの人のおかげでいろいろ学ぶことができた」と思わないことです。「今の自分には、あのタイプの人は合わない。だから、これからはうまく逃げるようにしよう」ということを学ぶのです。
仕事でも、「こういう仕事をすると、自分がこれだけ弱ってしまう」ということを知るようにする。
失敗を前向きに考えようとすると、これからも同じ失敗を繰り返すことになります。失敗やマイナスの経験は、今の自分に合わないことを学ばせてくれますが、それ以上に前向きな意味はありません。
また失敗した時の対象に対して、過剰な恨みを抱くこともありますが、これもお勧めできません。そもそも相性が悪い相手なのですから、恨んだところで解決しません。その対象と、距離を取ればいいことなのです。
例えば雨の日に道で転んだとしても、「いい経験をした」とも思わないし、逆に「雨を許さない!」とも思わないでしょう。こういう時にやるべきことは、「雨の日はあまり歩かないようにする」、または「雨の日に歩くなら、転びにくい靴を選ぶ」ということ。これがメンテナンス術の考え方です。
企業が開発者を雇うときは、スキルだけを見て適者適応をしようとする。
ずいぶん昔から開発環境はスキル不足を解消するように進化しており、
「開発者が開発者たるまえにクリエイティブか」が重要なのに、文系経営者はスキルで数合わせをして、相も変わらず、口達者な技術もわからない文系社員に企画をやらせようとする。まるで旧石器時代のようだ。
僕が教わったデザインの教授は、7つのwhyに答えられない者はグラフィックデザイナーではないと常々口にしていました。何故ならデザインの基本要素は7つ存在していて、そのそれぞれに対してBecauseを考えるのは基本中の基本であるとされているからです。
下記が、デザインにおける7つのBasic Elements(基本要素)です:
- Line(線)
- Color (色)
- Shape (形)
- Space (空間)
- Form(フォーム)
- Value (明度)
- Texture(質感)
一番納得した文章。
「しかしこの歳になると、若いときはわからなかったことがよくわかる。すなわち結婚と就職は縁がすべてである。事故のようなものだ。論理的計画的にことを運べるものではない。チャンスが巡ってきたら、気合を入れて決断するしかない。いったん道を選んだら、振り返らずベストをつくること。間違った選択などない。選んだ道は正しい。そう信じてしばらくわき目もふらずにやっているうちに、力がついて、また次のチャンスがまわってくる。」
「”好かれる人”というのは”わかりやすい人”のことです。迷惑をかけるかけない、気遣いができるできないなんてのは大した問題じゃありません。人が一番避けるのは、言動や感情を他人に見せない、わからせない人です」というような文章を5,6年前に読んだんだけど、未だに思い出すたびウッてなる。
「あたりまえ」を「ありがとう」と言うのが感謝
「だから、なに?」を「おめでとう」と言うのが賞賛
「もう、ダメだ」を「これからだ」と言うのが希望
「なりたいな」を「なってやる」と言うのが決意
「もういいや」を「まだ待とう」と言うのが忍耐
言葉だけでも認識は変わる
説明することができないなら、それは芸術です。
説明を求める者がいなくなったなら、それは流行です。
説明なしに伝わるなら、それはデザインです。
It’s art if can’t be explained.
It’s fashion if no one asks for an explanation.
It’s design if it doesn’t need explanation
- Wouter Stokkel
ぶれたならばそれはコンセプトではなくアイデアです。